無音の警告

平成4年生まれの男子がつぶやきます。

ぼくの関心――学部から院まで

ぼくは来年から、とある高校で英語の教師をやることになっていますが、アルバイトをしている塾では英語と同じくらい高校生に世界史を教えてきました。

もともと大学受験の時に世界史が得意だったというのもあるし、そもそも歴史が結構好きだというのもあって。

ただ高3の時から哲学に妙に惹かれだして、大学では哲学が絶対にやりたい!と思って文学部に行きたいと思うようになりました。

きっかけは内田樹の『寝ながら学べる構造主義』でした。(ぼくには寝ながらでは理解できる内容では到底なかったけど)

それでも歴史への関心は消えないままでした。

で、学部のときは賢くぶりたいと、背伸びしようといろんな本を漁って読んでいました。

で、4回生になる。

その時ある先生の講読の授業で、ニーチェの反時代的考察を読んだ。

ドイツ語もままならなかったぼくにはなかなか内容が理解できなかったが、それがとてつもなくおもしろかった。

ここで歴史と哲学というぼくの2つの関心が融合したわけですね。

というのもニーチェがそこで問題にしているのが簡単にいえば「歴史をどう学ぶのか?」という話だったからです。

ということは、今「2つ」と言いましたが、昔から将来の夢は学校の先生という教育分野に携わることであったぼくにとっては、さっきの2つに教育を足した「3つ」の関心の交差する地点にニーチェの『反時代的考察』はあったわけですね。

で、その論文をめぐってヤーコプ・ブルクハルトという知識人が応答していたということをまもなく知りました。

ニーチェを研究するのは、その研究者の数の多さにビビったぼくはブルクハルトを研究してみようと決めた。

 

 

――そして2017年10月21日現在、ブルクハルトを研究するに至り、修士論文を書こうとしているわけです。

さて先ほど「3つの関心が交差した」と言いましたが、ニーチェ、ブルクハルトが生きた時代の歴史学には一体何が起こっていたのでしょうか。

それを次の記事で書いてみようかと思います。